北野天満宮
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      修学旅行生でいっぱいの本殿前授与所    おみくじを引く修学旅行生
          着物姿の修学旅行生     たくさんの祈願絵馬
   
当宮は学問の神様と親しまれている菅原道真公(845〜903)をお祀りしています。 道真公は
  幼い頃からたいへん勉強に励まれ最年少で国家試験に合格され、また政治にも右大臣として
  大変活躍されました。
 
江戸時代に入ると庶民教育の場として寺子屋が起こり、寛政以降になると急増し全国津々浦々
 
に及びました。その寺子屋では命日の2月25日と毎月25日には天神講が行われました。
 
天神講には天神像を祭壇にかかげ神酒・菓子・餅を、お供えして学業成就、書道の上達法を
 
お祈りされました。
このように今日に至るまで学問の神様として篤い崇敬を集めています。
 
       
 
 
 
クラス単位での特別昇殿参拝(合格祈願・身体健康祈祷、国宝本殿等の説明)を受付けています。
撤饌としてクラスごとに特別勧学木礼・生徒お1人ずつに合格鉛筆・由緒書・特製しおり3枚セットを
  お渡し致します。
     
御本殿で学力向上を祈願する旅行生
クラス昇殿参拝のおさがり
 
 
 
班単位での特別昇殿参拝(合格祈願・身体健康祈祷、国宝本殿等の説明)を受付けています。
撤饌として班ごとに生徒お1人ずつに勧学札・合格鉛筆・由緒書・特製しおり3枚セット・梅茶をお渡し
  致します。
タクシーごとの班別旅行生
班別昇殿のおさがり
 
クラス昇殿受付は学校または旅行会社より電話および葉書(FAX)でお申込み下さい。
班別昇殿受付は本殿前授与所にて直接お申し込み下さい。
 - お願い -
      祈祷時間が交通事情等で他校と重なることがありますがご了承願います。
 

          
 
ご参拝修学旅行生全員に特製しおりを無料進呈しております。
授与所(お守りお札を受ける所)にてクラスまたは班の代表者が人数を申し出て下さい。



勧学お守り・勧学お札等の授与を致します。
通常受付時間(午前9時より午後5時まで受付)を前後する場合はあらかじめ学校名、人数、到着
  予定時刻を社務所にご連絡下さい。


宝物殿には、教科書・資料集にも掲載されている国宝『北野天神縁起絵巻』、豊臣秀吉北野大茶湯
  『高礼』、宇喜多一恵『北野大茶湯図』、重文『日本書紀』、刀剣等国宝、重文多数収蔵。
 
通常開館日    1月1日、12月1日、毎月25日、4月10日より5月30日まで。
              但し、団体(30名以上)の場合、通常開館日以外でも受付致します。(要予約)
   
   
開館時間     午前9時より午後4時まで
   
拝観料       中・高生 1人250円
 
宝物殿については⇒こちら


 
 


北野天満宮には昔から伝わる七不思議の史蹟があります。
この七不思議とは、霊異的あるいは不可解な現象や奇跡の起きる事物をいうのではなく、神秘的で信仰の対象となっている箇所のことです。

表参道の大鳥居(一ノ鳥居)をくぐってすぐ右手に、石の玉垣をめぐらせた一本の松がある。
毎年三冬(初冬より節分まで)の間に初雪が降ると、天神さまが降臨され雪見の歌を詠まれるという伝説があり、その時は硯・筆・墨をとりそろえてお供えし初雪祭を行う。
菅原道真公は天台座主尊意より仏舎利を伝播し、常に襟に掛けて護持されていたが初雪の降った日にこの掛舎利が大宰府より飛来してこの枝にかかったと伝えられ、以後この松を影向松と呼ぶようになった。

楼門(南門)をくぐった正面には地主神社があり、菅公を祀る本殿はやや西よりに位置している。この神社は北野天満宮御鎮座以前の承和三年(836)に祭られており、天暦元年(947)六月九日天満宮創祀の際、地主神社の正面を避けて建てられたためである。

御本殿前の中門は、日星の彫刻があるために三光門と呼ばれるが、一説にこの彫刻は、日と月と三日月はあるが星はないといわれる。これは平安京造営当初の大内裏が千本丸太町にあったため、旧大極殿が天満宮の南方位に位置し、帝が当宮を遥拝(離れた所から神様を拝むこと)される際に、この三光門の真上に北極星が瞬いていたので星は刻まれていないのだと伝えられる。

三光門の少し東南に、安政二年(1855)十月、河原町正面にあった「大黒屋」を中心とする質商組合によって奉献された石燈籠がある。台座には大黒様の像が刻まれており、この大黒様の口(または頬とも云われる)に小石をのせて落ちなければ、その小石を財布に入れて祈るとお金に困らないといわれる。

菅原道真公(天神様)は、承和十二年(845)六月二十五日の御誕生であるが、この年は「丑歳」に当り、且つ菅公の伝説には牛にまつわる話が数多くり、且つすなわち乙丑年のお誕生であることにより、牛にまつわる縁起が多く伝えられ、牛は、牛は天神様の神使(お使い)となっている。
中でも延喜三年(903九州)大宰府で御生涯を閉じられた菅公の御遺骸をお運びする途中、車を引く牛が座り込んで動かなくなったため、近習達が已む無くその付近の寺院、安楽時に埋葬したのだが、この故事により境内各所にある神牛の像は臥牛(横たわった牛)の姿となっている。ところが、拝殿欄間の彫刻には、当宮では珍しく立った牛の姿の神牛が刻まれている。何故一頭だけ立像の牛があるのかは神秘的で今もって謎とされるところである。

ふつう神社は前拝のみであるが、当宮の本殿は背面にも御后三柱という御神座持つ。道真公の御神座と背中合わせの形で北向きに祭られているのは、天穂日命(菅公の祖先神)・菅原清公卿(菅公の祖父)・菅原是善卿(菅公の父)の三柱の神。明治維新までは上記の影向松に飛来した仏舎利を祭っていたので、この御神座の前にある門を舎利門と呼んだ。
その昔、天満宮の参拝は、この御后三柱も含めて礼拝するのを常とした。

天満宮の乾方位すなわち境内西北の角には、天狗山と呼ばれる小山がある。室町時代の『社頭古絵図』(北野参拝曼荼羅)には、ユーモラスな鳥天狗が描かれている。大昔、この辺りには天狗が出没したのかもしれない。
この場所には往古より牛祠が祭られ、一願成就の祠として信仰を集めたが、現在、この牛祠は南西の角に遷座している。



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